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いちメンバーから事業全体を任されるマネージャーに akippaが誇るスーパーマネージャーが語る、akippaで成し遂げたかった壮大な理想と長い道のり #1【塩尻晋也】

皆さんこんにちは。akippa広報の東野です。

今回は、akippaで駐車場シェアリング事業全体の統括を行っているマネージャー、塩尻へのインタビューです!

akippa社内でも人一倍人望が厚く、事業の課題解決のため積極的にプロジェクト立ち上げなども行っている塩尻が、いかにしてakippaにやってきたのか。またそこからどのようにして事業全体のマネージャーまで昇り詰めたのか。
塩尻のキャリアを、全3回のインタビューに渡って深ぼっていこうと思います。

第1回となる今回は、塩尻がなぜ大手SIerからスタートアップへの転職を決めたのか。その経緯を聞きました。

■大手SIerからITベンチャーへの挑戦

森村

それではよろしくお願いします!
まず初めに、akippaで働くまでのキャリアについて教えてください。

経歴としては、akippaが3社目です。
それまでの2社はシステム開発会社、世に言うSIerとして働いていました。2社とも割と大きめの会社にいて、システム開発の中でも特に下流の部分にあたるプログラムの設計から要件のとりまとめ、全体のマネジメント、お客さんとの折衝と、幅広く手がけていました。最後の方はプロジェクトマネージャーと呼ばれるようなことをしていましたね。

塩尻

森村

時間とともに役割や役職が変化していったということですね。

そうですね。SIerのキャリアを大きく分けると下流工程から順番に上がっていく(開発からスタートする)人と、上流工程しかやらない(コンサルティング・プロジェクトマネージャー職しかやらない)人に分かれるように思いますが、上流工程しかやらない人はコンサル的な仕事になるかと思います。どこからキャリアをスタートさせるかは人によって違いますね。

塩尻

森村

1社目も2社目も、業務内容に関しては同じような感じだったのですか?

大きく言うとSIerという枠には収まるので、お客さんの困りごとを解決するという意味では同じだったと思います。

塩尻

森村

お!出ましたね「困りごと」!
ちなみに1社目は何年くらいいらっしゃったんですか?

1社目は現在の「SCSK」という会社で、私がいた当時は「CSK」という名前で独立系のシステム開発会社だったのですが、今は住商のグループ会社になっています。
ちなみに入社当時の社名は「CSK」で、住商グループが「住商情報システム」(SCS)という会社を持っていたので、一緒になってたまたま「SCSK」になったという感じです笑。合併は私が辞めた後ですが。
CSKは「独立系」と呼ばれるシステム開発会社の中では最大手と言われていて、その当時でもすでに4,000人くらいはいましたね。そこでは6年間くらい働いていました。

塩尻

森村

4000人、、! すごいですね、、、

その会社はSIerではあったのですが、どちらかというと得意なのは技術の部分でした。そこである程度キャリアを積んでいくとマネジメントを任されるようになります。自分もそうだったのですが、どうせ上流部分に関わるマネジメントをやるならもっとそこが強い会社に行きたいと思い、2社目の「NTTデータ」に入りました。

塩尻

森村

では、NTTデータでは最初からまとめ役的な役割を期待されていたという感じなのですね。

そうですね。開発を取り仕切るような役割で入りました。
NTTデータという会社はさっきの話で言うと割と上流工程を担う会社で、コンサル的な部分が得意な会社なので、社員でプログラムできる人が珍しく、重宝されましたね。笑
コンサル畑出身の人はエンジニアの人とは話せなかったりするので、その部分のつなぎ役を会社側からも求められていた感じです。
NTTデータでは8年程働いていました。

塩尻

森村

確かに、つなぎ役となる人はめちゃくちゃ大事そうですね。
ちなみにakippaは何年目でしたっけ?

もうすぐ丸4年ですね。

塩尻

森村

いやー長いですね!
それでは、4年目になるakippaに入社しようと思ったきっかけについて教えてください!

■よりスピード感のある環境を求めてスタートアップへ

入り口は、前職時代に「大きな会社ってできることが少ないな」と思っていたことですね。
CSK時代は4,000人くらい、NTTデータに関しては全社員で10,000人以上いたので。

塩尻

森村

もう町ですね。

社員数が小さな町くらいの規模の会社になってくると、本当に自分の存在を小さく感じるんですよね。笑
イメージで言うと、管理部門の方に「必要な手続きを忘れちゃいました」みたいな相談をしたりとかはまずありえないですね。「この日までにこの手続きができてないなら、はいサヨナラ」の世界だったので。笑
10,000人もの人を捌くルールってどうしても事業的には非効率になってしまう面もあったと思います。例えば月末までにやればいいものを人数が多いから20日締めになっていたりして、本来ならば30日に間に合えばいい作業なのに、20日を過ぎたらもう取り合ってもらえなかったり、、、

塩尻

森村

厳しい世界ですね、、、

予算に関しても、予算外だと1円使うのも難しい世界でした。都度「何でそれ使うの?」と聞かれますし、承認ルートがとにかく長かったですね。笑
たとえみんなが非効率だと思っていても、変えられないことが多かったです。そういう部分に対して「なんだかなぁ」と思うことはたくさんありました。
ルールを臨機応変に変えてスピード感もって仕事できるのは、規模的に小さい会社だなと思ったのが転職を考え始めた最初のきっかけですね。

塩尻

森村

なるほど!まだakippaからは遠いですが、「スピード感」「小さい会社」というキーワードが出てきましたね。

とはいえ、古くからある中小企業に行きたいかと言われたら全然違うなと思って。日本の中小企業って結構歴史があるところが多いですが、そういう会社に入りたいわけではないなと思いました。感覚的に、面白いことをやっていて、かつ自分のキャリアが活かせるIT系の仕事ができる会社を探していました。
もう一つ大きな要素としてあったのは、関西本社の会社がいいなと思っていました。

塩尻

森村

関西勤務ではなく、関西本社ですか、、、
それはどうしてなのですか?

東京の会社が活躍すると潤うのはやはり首都圏だなと感じていたし、大阪はIT系が弱い印象もあったので自分の経験を活かせないかと考えていました。なので大阪出身の人間として、本社の所在地や大阪勤務というところにはこだわっていましたね。
だいぶakippa近づいてきたでしょ。笑

塩尻

森村

もう「akipp…」くらいまできてますね。笑
とはいえ、規模が小さめでIT系で大阪本社の会社は他にもあるかと思うのですが、その中でもakippaを選んだのはなぜなのでしょうか。

「面白そうなことをやっている」という要素が一番強かったからですかね。
やはり「駐車場のシェアリング」というのは2016年当時ほとんど認知されていない業態だったので、面白そうだなと感じました。

塩尻

森村

akippaに入ってやりたかったことというのも、前職前々職のように開発に関わる部分だったのでしょうか。

ベースはもちろん開発になるのですが、開発を通して作ったものを売っていくという事業運営のような部分もやってみたいとは思っていました。

塩尻

森村

なるほど、、、こうしてakippaに入社したということですね、、、いやー長いストーリーでしたね。笑

エンジニアとして盤石ともいえるキャリアを積んでいながら、あえてスタートアップという環境を選んだ塩尻。

次回はそんな塩尻がakippaに入社してから、いかにしてシェアリング事業全体を任される程のマネージャーまで昇り詰めたのか、その経緯を深堀っていきます!

#2もお楽しみに!

塩尻 晋也

エンジニア

大阪市出身。大学卒業後、IT関連の仕事に就きたいと思いSCSK→NTTデータと渡り歩き、システムエンジニアやプロジェクトマネージャーを経験。自社プロダクトに携わりたいとの思いから2016年7月、akippaに転職。現在は開発本部長を務める。
ほぼ毎週ゴルフに行く、ゴルフ好き。みんなの成績は全てGoogleスプレッドシートで管理するという徹底ぶり。

東野 和実

広報グループ

大阪大学法学部在学中のインターン生。2019年4月に、サークルの研修で訪れていたベトナムからの帰国翌日にakippaの面接を受け、3日後には入社していた。入社後は広報として、社内報や広報ブログを中心に担当。
得意科目は英語。