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【akippaの軌跡】Vol.5 “なくてはならぬ”をつくる

こんにちは、駐車場予約アプリ「akippa(あきっぱ)」広報の石川です。
この記事を開いていただきありがとうございます!

【akippaの軌跡】と題し、2009年の創業からの波乱万丈な10年間を振り返っているこの企画。何度聞いても濃厚すぎて覚えられない弊社の歴史を、入社約半年の石川が、弊社代表で創業者の金谷と取締役の松井にインタビューを行い、複数回に渡りakippaの軌跡を振り返ります。全10回完結を目指しています。
2012年、20名規模の組織で4つの事業を扱い始めたギャラクシーエージェンシー社(現:akippa社)。Vol.5では、経営理念の設定と、2013年の話をまとめます。

過去記事はこちらから
Vol.1 サッカー漬けの毎日から商売の道へ
Vol.2 社員3名から20名へ。創業2年目で急拡大させた理由
Vol.3 大阪と東京、2拠点での創業初期の組織づくり
Vol.4 テレアポでVCから資金調達 創業4年目でたどり着いた会社経営の考え方

「何のために仕事しているんですか?」

石川

2013年といえば、我々akippa社にとって転機となる年です。経営理念「”なくてはならぬ”をつくる」を制定された年ですが、その考えにたどり着くまでの話を聞かせてください。

求人サイト「アグレワーク」の営業を開始してから3年ほど、ずっとクレームを受け続けていました。自分はずっと200%の力で営業をしているのに、クレームばかりで何も残らずわからなくなってしまって。ある日「何のために仕事やっているんだろう?」と思いそのままシンプルに金谷に聞きました。「元気さん(注:金谷)は何のために仕事しているんですか?」と。

松井

松井から問われて初めて、たしかに何のためにやってるんだろう?自分たちがご飯を食べるためだけにやってるのではないかと思って、自分の中にこれといった使命感がないことに気づきました。松井への回答ははぐらかしつつ東北に行くことにしました。

金谷

石川

2011年の震災以降気になっていた東北ですね。

はい、松井と佐川と3人で東北へ行き、現地を回りながら漁師さんや現地の人たちの困っている姿を目の当たりにしました。のちに「リバココ」という石巻の漁師さんのもとに滞在してアルバイト採用が決まると義援金を送ることができるサービスを作ることになったのですが、その視察の道中もずっと自分の働く目的を考えていました。東北の方々と話をしていると、今自分たちがやっていることは世の中のためになってないな、ということを痛感しました。

金谷

そんなことを考えながら帰宅すると、自宅が停電になっていたんです。テレビも見れないし、お風呂も入れない、携帯の充電もできない、何もできない状況でした。その時に改めて「電気ってすごいな」と思いました。

金谷

その日だったんですね。電気使えなくてどうしたんですか?

松井

その日は諦めて寝ました(笑)。電気代をコンビニ払いにしていて払っていなかったから止まってたんです。あまりお金がなくて後回しにしていたので(笑)。翌日コンビニ行って払って復旧させましたが、次に電気ついた瞬間「電気って神やな」と心から思いました(笑)。

金谷

本当思いますよね、「電気ってすごいな」と。僕もこの夏に台風の影響で停電になった時、冷蔵庫が機能しなくなって思いましたよ(笑)。

松井

石川

まさかの電気代未払いが原因の停電だったんですね!てっきり災害に遭われたのかと思ってました。でもそれだけ、経営は苦しい中でも会社や社員の生活を大事にされていたということですね。

はい、経営を立て直すために売上を求め、でもビジョンはなかった。そんな感じでした。

金谷

同時期に、僕も本を読んでいて“ビジョン経営”という経営手法を知りました。当時、優秀なエンジニアを採用して、コミュニケーション量を増やすため色々と努力をしたのですが、トップダウンの営業組織に対する意見の食い違いが起きました。結局彼は退職してしまったのですが、そういった経験もあってか会社のカルチャーの大事さ、ビジョン経営の魅力にはまりました。ビジョン経営では、“クレド”を設定することで人はまとまって動くようになる、という考え方があり、そこから組織の作り方やマネジメントを勉強しました。

松井

私は逆に組織づくりに全く興味がなかったんです。人柄でなんとなく周りがついてくるんじゃないか、と思っている部分がありました。人のマネジメントはやりたくないし、組織を考えるのはなんとなくダサいなと思ってました。それで全部松井に丸投げしていました。

金谷

石川

自然にうまく役割分担ができた感じなんですね。

松井からビジョンの言葉を考えてきてほしいという宿題をもらって、停電の経験があったので「”なくてはならぬ”をつくる」という言葉を出しました。

松井

現在のミッションである「“なくてはならぬ”をつくる」が制定された日

石川

松井さん、それを聞いていかがでしたか?

それっぽくていいな、と思いました。硬くもないし、わかりやすい。

松井

僕は思いついた瞬間電気が走りましたね。”あったらいいな”ではなく”なくてはならぬ”、これだな、と。ちょうど東北で困っている人たちを見てきていたので、困りごとを解決することが”なくてはならぬ”になると考えました。

金谷

石川

これまで売上至上主義のような会社だったと思いますが、社員の皆さんに”なくてはならぬ”は響いたのでしょうか?

意外と響きましたね。きっと皆同じように感じていたんでしょうね。世の中の役に立つことをしたいと思っていたのかと。

金谷

初めてのブレストで作った「クレド」

そこからサービスを落とし込むにあたりクレドを作ることになるのですが、実はここが結構苦労した部分です。ビジョン経営は関係する皆で考えるものなのでブレストから始めました。ただ、金谷にはブレストの概念自体がなかったので、ブレストのやり方から金谷に説明しました(笑)。それまでの社内は創業者金谷のトップダウンで物事が進むことが多かったのですが、「ブレストはみんなの意見を言い合う場なので、どんな立場の人も相手の意見を否定してはいけない」というルール説明から始めました。それで初めてボトムアップというか現場の意見が反映された形で、皆で作ったクレドが出来上がりました。

松井

そういうの本当に苦手だったんですよね。でも今もかな(笑)。そこで決めた7つのクレドは冊子にまとめて社内に配布しました。

金谷

持ち運びに便利な名刺サイズで作られたクレドの冊子。
写真は後にakippa株式会社になってから改めて作成した2代目。

これまで、社内には売上数字以外の人事評価制度がなかったのですが、クレドを制定したことで売上以外の観点でも評価ができるようにもなりました。

金谷

私自身、実は人見知りで人と深く関わることがあまり得意ではないので、社内コミュニケーションは松井にお願いしました。社外は金谷、社内は松井といった形に自然となっていきましたね。

金谷

新しく作るサービスについても、ボトムアップで作ることにしました。クレドを制定した後、社員全員でブレストをすることになります。

松井

「HUBENKOMARI(フベンコマリ)」から作られた3つの事業

昔大阪にあったといわれる学生ベンチャーからもヒントを得て、社員全員で困りごとを書き出すことになりました。大阪では1週間くらい模造紙を壁に貼って、書き出してもらいました。東京からはチャットで送ってもらうような形で、10月と11月に2回、全社をあげて実施しました。ここにはアイデアを書かず、不便なこと、困っていることだけを書いてもらうようにしました。

金谷

当時、金谷が全社員に送ったチャット
壁に貼り出された200個のHUBENKOMARI

「彼氏ができない」とかそういったものも書いてほしい、と言っていたので(笑)本当に何でもありましたね。

松井

まず200個から6個に絞りました。

金谷

■選ばれた6個の困りごと
(1)部活の部費が高い
学生のジャージに広告を掲載できるサービスで、企業の広告費で部費を賄うことができる。ニッチな広告なのでサービス名は「アドニッチ」と命名。

(2)洗濯する時間がない
洗濯のシェアサービス。朝、受注者側の家に洗ってもらいたい洗濯物を置いていくと、帰宅時までに主婦などが洗濯をしておいてくれるサービス。

(3)お弁当のレパートリーが少ない
お弁当のシェアサービス。主婦などが作った手作り弁当を買えるサービス。お弁当を作る方は1つ作るのも複数作るのも同じなのではないか、という発想から。

(4)出会いがない
男性と女性のペアが一緒にゴルフに行けるサービス。ゴルフ代を男性が負担し、女性は無料で参加できる。ゴルフの合コン「ゴルコン」。

(5)飲食店の余り物がもったいない
飲食店の余った食べ物を、個人の配送でデリバリーとして安く提供するサービス。特許も取ったサービス名は「宅食べ」。

(6)駐車場は現地に行ってはじめて満車だとわかる
一時的に車を停めたい人と空いているスペースをマッチングするサービス。あきっぱなしのパーキングで「あきっぱ!」。

今振り返るとどれもシェアリングサービスなのですが、その当時は「シェアリング」という言葉を誰も知らなかったんですよね(笑)。

金谷

石川

どれも今あるサービスですね!シェアリングエコノミーの概念を知らないとはいえ、先駆けだったんですね。

そうなんですよ、どのサービスも今普通に世の中にあって流行っているビジネスですよね。akippaはそれらの事業を超えて出たサービスだと考えるとすごいですよね(笑)。

松井

実はその前に、私と広報で「Happy Hour!」という、早い時間に飲みに行きたい人と早い時間帯に集客をしたい飲食店をつなげるC向けのサービスをやってみました。そこに2-3カ月で5000人超の登録があり感覚を掴みました。

金谷

石川

選ばれた6サービスから事業化したのはakippaのみですが、どのように決められたのでしょうか?

マネージャー陣で集まって、まずは6つの中から市場規模など調べて「ゴルコン」「宅食べ」「あきっぱ!」の3サービスに絞りました。その3つについては、プロデューサーと担当を決めて同時並行でサービス化を進めました。中でも「宅食べ」は短期的にマネタイズができそうだったので、商標登録もして一番注力していました。

金谷

石川

3つ同時ですか?既存事業を運営しながら3つ作るのは相当大変だったのではないでしょうか?

「Happy Hour!」の時に1カ月半で作った実績もありましたし、3つのサービスについてはどれも成功するだろうという確固たる自信があったんですよね。だから迷いはありませんでした。でも今考えると知識不足すぎて震えます。1つでも大変なのに。

金谷

事業計画とか作らずにイメージだけで先行して作ろうとしたので今思うとどのサービスもやっていたら最低限のクオリティでしたね(笑)。

松井

石川

その中からakippaに絞ったのは何か理由があったのですか?

ちょうどその頃、大阪イノベーションハブでピッチの機会をいただきました。「宅食べ」を話すつもりでいたのですが当日に「あきっぱ!」に変更したんです。何で当日になって変えたか覚えていないのですが(笑)、終了後にエニグモの須田さんやgumiの國光さんからサービスを褒めていただき、サービスを一つに絞ったほうが良いというアドバイスもいただいて翌日には「あきっぱ!」一本に絞る決断をしました。

金谷

石川

では次回、「あきっぱ!」のサービス立ち上げの話を聞かせてください!

akippa社の歴史上、最大の転機となった2013年。ビジョンの制定、クレドの制定、そして新サービスの決定。これらのビッグイベントを、トップダウンではなく全社を巻き込んで進めたことで、社内の一体感ができたのではないかと思います。

つづく。

■連載記事一覧
Vol.1 サッカー漬けの毎日から商売の道へ
Vol.2 社員3名から20名へ。創業2年目で急拡大させた理由
Vol.3 大阪と東京、2拠点での創業初期の組織づくり
Vol.4 テレアポでVCから資金調達 創業4年目でたどり着いた会社経営の考え方
Vol.5 “なくてはならぬ”をつくる
Vol.6 “ITの初心者たち”が作り始めたシェアサービス
Vol.7 “IT企業”への転身
Vol.8 事業の成長、組織の拡大
Vol.9 波乱万丈からの脱却
Vol.10(最終回) akippaのいま 

金谷 元気

代表取締役社長 CEO

1984年、大阪府生まれ。高校卒業後はJリーガーをめざし関西リーグなどでプレー。引退後から2年間は上場企業で営業を経験し、2009年2月に24歳で創業。2011年、株式会社へ組織変更し代表取締役に就任。

松井 建吾

取締役 CHRO

1986年生まれ。大手通信キャリアの業務委託企業にて営業を経験し、2010年4月に弊社へ入社。2012年より取締役となり、事業部長や新規事業立ち上げなどを経験。現在はCHROとして組織を牽引している。

石川 絢子

広報

慶應義塾大学卒業後、インターネット広告代理店、グリーを経て2018年4月にakippaへ入社。グリー時代は新規事業立ち上げや管理系業務、広報など幅広く担当したが、現在akippaでは広報マネージャーを担当。
趣味は旅行で年間3回海外に行くことを目標にしている。