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【akippaの軌跡】Vol.6 “ITの初心者たち”が作り始めたシェアサービス

こんにちは、駐車場予約アプリ「akippa(あきっぱ)」広報の石川です。
この記事を開いていただきありがとうございます!

【akippaの軌跡】と題し、2009年の創業からの波乱万丈な10年間を振り返っているこの企画。何度聞いても濃厚すぎて覚えられない弊社の歴史を、入社約半年の石川が、弊社代表で創業者の金谷と取締役の松井にインタビューを行い、複数回に渡りakippaの軌跡を振り返ります。全10回完結を目指しています。
Vol.6では、「あきっぱ!βタ版」をリリースすることになる2014年の話をまとめます。

過去記事はこちらから
Vol.1 サッカー漬けの毎日から商売の道へ
Vol.2 社員3名から20名へ。創業2年目で急拡大させた理由
Vol.3 大阪と東京、2拠点での創業初期の組織づくり
Vol.4 テレアポでVCから資金調達 創業4年目でたどり着いた会社経営の考え方
Vol.5 “なくてはならぬ”をつくる

新規事業の一つだった「あきっぱ!」

石川

ピッチで評価されて3つから1つに絞られた新規事業。「あきっぱ!」のサービス立ち上げの話を聞かせてください。まず、どのような体制で作られたのか教えてください。

私がプロデューサーとなってプロジェクトチームを立ち上げました。本当は別のメンバーがプロデューサーをする予定でしたが、「あきっぱ!」に一本化したことで私自らがやることにしました。そのタイミングで既存事業の求人と出版については他のメンバーに任せました。

金谷

サービスのプロトタイプの作成とその後の開発・ディレクションは私がやりました。「あきっぱ!」につながる困りごとを出した藤野という女性がプランナーをやりながらデザインをして、飲食店のマッチングサイト「Happy Hour!」を作った業務委託で半常駐のエンジニアさんに開発をしてもらいました。

松井

「あきっぱ!」は新規事業本部と制作部で対応することになる。
新規事業本部には、「リバイト」「サッカーなう」の担当者も置いていた。

困りごとを出した藤野は、元々テレアポのアルバイトとして入社したのですが、独学でデザインを学んだ上にプランナーもやってくれていて、サービス名も藤野が決めました。当時を思い返しても、藤野は他のメンバーに比べて「あきっぱ!」立ち上げでのスピード感が突き抜けていましたね。

金谷

石川

藤野さん、今もマルチに活躍されていますが、当時からだったのですね!

ここで少し、藤野さんに当時の想いを聞いてみました。

石川:「あきっぱ!」一本に絞って事業化する、と聞いた時、どんな心境でしたか?
藤野:当初、「あきっぱ!」の担当は自分を含め2名で、まずはその2名に対して金谷から話がありました。「全責任を負って、『あきっぱ!』のプロデューサーを自分にやらせてほしい。俺はこのサービスに人生を賭けたい。」と言われました。同時に、プロデューサーとしての可能性を奪ってしまって申し訳ない、とも。
 私自身もプレゼンの場に足を運んでいて好感触であることを肌身に感じていたので、とてもポジティブに受け取りました。この期を逃さず掴み取りたい気持ちが大きくて「はい、やってやりましょう!」と即答しました。
石川:テレアポからデザイン、プランナーまで幅広く対応されたとのことですが、苦労したことはありましたか?
藤野:入社以来、色々な業務を兼務しているマルチ状態はよくあったのでそこへの抵抗はなかったのですが、サービス開発は未知の領域だったのでさすがに戸惑いました。構想や仕様については松井に、要件定義など開発側のことはエンジニアに相談しまくって、とにかく夢中で動いていました。忙しさや戸惑いよりも「自分がやらなきゃ誰がやるんだ」という使命感がすごく強かったので、なんとかなってました。

営業は私と、新卒社員の菊池の二人で駐車場の開拓営業をしました。菊池は既存事業で最も売上成績の悪かった営業だったのですが、そんな社員でも売ることができたら誰でもできるなと考えたんです(笑)。私が売り方のベースを作ってロープレをしながら開拓をしましたが、実際はほぼ菊池が動いていました。大阪と東京の町田で開拓しました。

金谷

石川

菊池さん、今では営業のエースですよね。

はい。今思うと売れなかったわけではなく、お客さんのためにならない商品は売りたくなかったんだなと思います。なので彼にakippaの営業をしてもらったのは適任でした。

金谷

「あきっぱ!」のリリース

2014年2月20日に「あきっぱ!β版」として事前登録の開始をしました。この日、「Happy Hour!」をテレビで取り上げていただく機会があり、その時に「あきっぱ!」も少し取材していただいたんです。全力でディレクターさんに営業しまして(笑)。その日から4月のリリースまでの2カ月で3000人もの方に事前登録していただけました!

金谷

「あきっぱ!」のテレビデビューはワールドビジネスサテライト
飲食店の駐車場活用として紹介していただいた。

石川

すごい!営業力と広報力ですね!

そうですね、当時は2013年に新卒で入社した森村と私で攻めだけの広報をしていました。そこで手応えも掴み、サービスサイトができた4月25日に正式オープンをしました。駐車場は他の営業や管理部メンバーの協力もあって、大阪市内と東京の町田市を中心に700箇所を掲載してスタートすることができました。

金谷

「あきっぱ!β版」サイトオープンの日。大阪の社内で皆で祝った。

石川

リリース後はどうでしたか?

サービスを作りながら、出資をしてもらうための準備で忙しかったです。

松井

そのおかげもあって6月にはDeNAさんやエニグモの須田さんから5000万円出資していただきました。DeNAさんからは10月にも2億円追加出資していただきました。

金谷

その頃は明確な組織というのはなかったのですが、開発、営業、CS、広報の役割が一応いました。CSは最初、昼間は2011年から在籍していた社員2人、夜は当時の役員5人でローテーションで対応していたのですが、予定が合わないので僕が巻き取りました。

松井

ローテーションで携帯に転送する形にしていたのですが、朝方に電話がくると起きれなかったり明らかに眠そうな対応だったりしていたんですよね(笑)。ユーザー体験としても良くないなと思い、松井にCSのベースを作ってもらうことにしました。営業と広報は私が見ていて、開発とCSは松井が見る感じになりましたね。

金谷

そう考えるとゾッとしますね、良くやってたな、と(笑)。

松井

広告も特にやっていなかったのでマーケティングの部署もなく、シンプルな感じでしたね。

金谷

大きな決断

石川

その頃、求人や出版事業の方はどのような状況だったのでしょう?

掲載課金型の求人事業「アグレワーク」は、営業でお客様にご迷惑をおかけしていたので営業活動をやめることにしました。新規開拓をやめて既存の運用だけやっていた状態です。美容師向けなど事業領域によっては評価が高かったので契約更新していただく企業もあり、事業としては2016年まで続きました。
ただ「リバイト」は成果報酬だったので何もしなくても売上が上がる状態で、コストゼロで毎月200万円ほどの売上がありました。やはり積み上げ型のビジネスは儲かるな、と思いましたね。

金谷

この時、「リバイト」が事業撤退するということで僕は降格しました。事業部長から副事業部長になりました。おそらく会社始まって初めての降格だったと思います。

松井

石川

出版事業はどうでしたか?

出版事業は好調で評判も良かったので継続していました。ただインターネットサービスとして支持され始めた「あきっぱ!」と、営業会社の色が強く残る出版の部門で、部署によって空気感というかカルチャーの違いが出てくるようになってきていました。

金谷

そうでしたね。ちょうどこの頃経営合宿しましたね。

松井

11月に経営合宿でそれぞれ将来何をやりたいか話し合いました。そこで加戸が出版をやると言ってくれたので、加戸と小畑と他営業2人を残し、それ以外の人を「あきっぱ!」に移す決断をしました。

金谷

かなり大きな決断でしたよね。

松井

石川

経営合宿前の10月にはサービス表記とロゴを「あきっぱ!」から「akippa」に変更しましたよね?これも大きな決断だと思うのですが、何か理由があったのでしょうか?

β版リリースの時には、まずはかっこよさよりもサービス名を認識してもらうことを意識していて、日本人にわかりやすいひらがな表記にしました。しかし、メディアへの露出やデザイン調整を重ねる中で、バランスの難しさも感じていて、経営としても世界を目指すことを目標にしているので、英語表記に変更しました。

松井

石川

そうだったんですね!その後にInfinity Ventures Summit(以下、IVS) Launch Padでの優勝ですね。

はい、2014年12月のIVSで優勝しました。スタートアップの登竜門ということで当時から社員も皆IVSを知っていましたし、出るからには優勝しかないと考えて、何十回、何百回と練習して出場して優勝することができました。アルバイトの人も練習に付き合ってくれて、みんなで掴んだ優勝です!あのときの社員のみんなからの応援チャットは感動でしたね。
これで、「akippa」に注力することについて社内の納得感も得られたと思います。

金谷

無事優勝することができ、中継を見ていた社内もかなり盛り上がった。

石川

なるほど、サービスの認知度向上や資金調達のためだったのかと思っていました。

もちろんそれもありますが、社内も皆見ていたので社内向けでもありましたね。

松井

優勝して理由もできたので、社内にも「akippa」に注力していくことを伝えました。翌年2月には社名も変更することになります。

金谷

石川

次回、IVS優勝後の変化を聞かせてください。

2013年末の発案からわずか半年でサービスを開始、1年後にはスタートアップの登竜門と言われるピッチコンテストでの優勝、そしてメイン事業へ。そのスピード感の背景には、既存事業とのリソース配分や事業撤退など多くの決断がありました。「”なくてはならぬ”をつくる」ためには多くの苦労があったことがわかりました。

つづく。

■連載記事一覧
Vol.1 サッカー漬けの毎日から商売の道へ
Vol.2 社員3名から20名へ。創業2年目で急拡大させた理由
Vol.3 大阪と東京、2拠点での創業初期の組織づくり
Vol.4 テレアポでVCから資金調達 創業4年目でたどり着いた会社経営の考え方
Vol.5 “なくてはならぬ”をつくる
Vol.6 “ITの初心者たち”が作り始めたシェアサービス
Vol.7 “IT企業”への転身
Vol.8 事業の成長、組織の拡大
Vol.9 波乱万丈からの脱却
Vol.10(最終回) akippaのいま 

金谷 元気

代表取締役社長 CEO

1984年、大阪府生まれ。高校卒業後はJリーガーをめざし関西リーグなどでプレー。引退後から2年間は上場企業で営業を経験し、2009年2月に24歳で創業。2011年、株式会社へ組織変更し代表取締役に就任。

松井 建吾

取締役 CHRO

1986年生まれ。大手通信キャリアの業務委託企業にて営業を経験し、2010年4月に弊社へ入社。2012年より取締役となり、事業部長や新規事業立ち上げなどを経験。現在はCHROとして組織を牽引している。

石川 絢子

広報

慶應義塾大学卒業後、インターネット広告代理店、グリーを経て2018年4月にakippaへ入社。グリー時代は新規事業立ち上げや管理系業務、広報など幅広く担当したが、現在akippaでは広報マネージャーを担当。
趣味は旅行で年間3回海外に行くことを目標にしている。